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超精密加工・X線光学

最先端科学を支える
超高精度ミラーを開発 三村 秀和 教授
(先端科学技術研究センター)

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X線顕微鏡やX線望遠鏡に使われるウォルターミラーの開発に取り組んでいる三村秀和教授。加工、計測、転写というものづくりの各プロセスにおいて、精度を徹底的に追求した結果、世界最高レベルの超高精度を実現した。


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「電磁波の一種であるX線は、レントゲンをはじめ、世の中のさまざまな分野で活用されています。生物学や材料科学においては、波長が短い特性を生かして、細胞や素材表面の微細な構造、組成、化学状態を観察するX線顕微鏡が活躍しています。一方、宇宙科学においては天体から放射されるX線を観測するX線望遠鏡を使った探索が進んでいます。対象物のスケールは大きく異なりますが、X線顕微鏡もX線望遠鏡も基本的な原理は同じです。可視光を使う場合はレンズで対象物を結像させますが、X線を使う場合はウォルターミラーという特殊な筒状の鏡を用います。しかし、X線は波長が短く、鏡の表面にわずかな凹凸があるだけで像が乱れてしまうため、ナノメートルオーダーの滑らかさで鏡面加工を行わねばなりません。そこで私の研究室では、これまでにない高精度なウォルターミラーの開発に取り組んできました。 

課題を着実に解決して成果につなげる

ウォルターミラーの開発にあたっては、ナノ精度で物質表面を滑らかにする加工、その平滑さを評価するための計測、そして棒形状から筒形状を作製する転写の3つのプロセスが必要になります。ウォルターミラーには世の中のあらゆる製品の中でも最高レベルの精度が求められます。そのため、どこかのプロセスで精度が落ちぬように全プロセスの研究に携わりました。

ウォルターミラーの作製には電鋳という製造方法を採用しました。これはマンドレルと呼ばれるガラス製のマスターモデルの周りに電気メッキで金属皮膜の殻を形成した後、マンドレルを抜き取ることでマスターモデルの表面の形状を金属に高精度に転写する手法です。メッキという原子レベルで起きる化学反応をうまく制御できれば、ナノメートルオーダーの精度を実現できると考えたのです。

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開発にあたってはいくつか課題がありました。まず、マンドレルの表面の平滑化です。これは微細なアクリル粒子で研磨する手法を開発してクリアしました。また、電鋳を行う際に殻に生じた気泡がミラーを歪めてしまうという問題がありましたが、真空状態で気泡を除去しながら電鋳を行う手法を開発することで解決。それにより、気泡ができやすく作るのが難しかった大型のウォルターミラーの製造も可能になりました。もう1つが電鋳で作った殻にかかる応力の問題でした。応力が不均一だと殻に歪みが生じてしまいます。そこで、通常の百倍の時間となる約1ヶ月間をかけてゆっくり反応を進めることで最適な応力になるように調整しました。

図版1
図1)ウォルターミラーの製造方法。芯となるマンドレルに金属皮膜を重ねていくことで、マンドレルの表面の形状を原子レベルで正確にコピーする。
図版2
図2)X線望遠鏡にも使用されている大型のウォルターミラー。製造装置もすべて研究室で開発した。必要なものは自分たちで作るのが三村教授のスタンスだ。

最先端科学の現場で活用される

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こうして工夫を積み重ねた結果、非常に高精度でなおかつ量産可能なウォルターミラーの開発に成功しました。同じプロセスで、さまざまなサイズのウォルターミラーを製造できるのも大きな特徴です。現在、X線望遠鏡用の大型のウォルターミラーは、2024年に行われる日米共同の太陽観測ロケット実験「FOXSI-4」で宇宙に打ち上げられる予定です。また、X線顕微鏡用のウォルターミラーは、「SPring-8」や「SACLA」といった大型の放射光施設のX線集光システムに導入されています。このように、ものづくりを通して、最先端科学に貢献できることが私にとっての研究の醍醐味です。

ミラー職人と呼ばれることもありますが、その呼び方には納得していません。私は職人と違って経験や勘を頼りにするのではなく、ものづくりの工程すべてにおいて、学術的な知見をもとに精度を高めるための方法を徹底的に考えているからです。そして、目標を定めた上で、それに必要なさまざまな装置や新たな加工法を開発します。そうした努力のすべてが精度に集約されるのです。極端に言えば、私は精度以外に興味がないのかもしれません。超高精度の世界はそれほど魅力的なのです」(三村教授)

(初出:2024年度精密工学専攻パンフレット)

※研究室ウェブサイト:
三村・細畠研究室(超精密製造科学研究グループ)

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