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治療支援工学

熟練外科医の技術を再現することで
医療環境の向上を目指す

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小林 英津子 教授

日本の臨床の現場において外科医の減少が問題となっている。複数の外科医が必要な手術で人員が足りなくなる恐れがあるだけでなく、熟練医師による質の高い手術を受ける機会が減少することも危惧されている。そうした問題を解決するためのひとつの手段として考えられるのが、工学技術により、執刀のサポートを行なうという方法だ。

「手術の現場では、熟練した外科医が患者の容体を総合的に判断し、最適な執刀を行なっています。しかし、緻密な手術は執刀医の長年の経験や磨き上げてきた技術に頼る部分が多く、誰にでも再現できるものではありません。そこで、私たちは暗黙知とされてきたそれらの知識や技術を数値化し、再現性の高い執刀を可能にすることを目標としています」

その足がかりとして、小林教授が取り組んでいるのが、腹腔鏡を用いた大腸外科手術における熟練外科医の技術の解析だ。大腸の患部を切除する場合、まず大腸を固定している膜を剥離する必要がある。その作業が手術時間の大部分を占めるのだが、熟練医師と若手医師では、要する時間に大きな差があるのだという。 「鉗子を使って膜を引っ張りながら、電気メスをあてることで膜を切除するのですが、適切なテンションをかけないとスムーズに膜が切れません。熟練医師は感覚的にそうした作業を行なっていますが、経験の少ない若手医師にはそれが難しい。そこで、熟練医師の鉗子操作技術を様々な角度から計測・分析することから研究を始めました。それにより鉗子操作をモデル化できれば、熟練の技術を再現することが可能になります。将来的には、ロボット技術と画像解析技術を組み合わせて、鉗子操作を自動化することを目指しています」

精密工学を駆使して最適な治療法を実現する

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医学分野と緊密に連携しながら研究を進めている小林教授は、現場の医師からの要望をもとに新たな技術開発に取り組むことも多い。その中で、臨床に応用されつつあるのが、外反母趾の手術を支援する技術だ。足の親指の付け根が変形し、痛みを生じさせる外反母趾は、変形した骨を切除して正常な状態に戻すのが一般的な治療方法だ。しかし、適切に矯正されたかどうかは、医師の触診により判断されるため、実際は不備があり再手術となるケースも多い。そのため、医師から足の状態を客観的に判断できる技術を開発してほしいという要望があったのだ。そこで、小林教授は起立した状態で足の裏にかかる圧力分布を分析。外反母趾の状態と正常な状態を画像から判断できるようにした。また、手術中の横臥した姿勢でも起立時と同様に足にかかる圧力を測定できるようにするため、圧力センサー付きのプレートを開発。正確な角度と強さで押し当てられるように、プレートをモニタリングするシステムも構築した。

「他にも、膵臓の一部を切除する手術を行なう際に、組織を消化してしまう膵液が漏れ出さないように切除箇所を圧着する技術を開発しています。現在はステープラーのような機器を使い、人力で押さえつけることで作業を行なっていますが、かなり力を要するので、それをサポートする機器を作って欲しいという要望があったのです。ただ、強い力を加えるだけでいいのであれば、機器にモーターをつければ解決します。しかし、ゆっくり力をかけるほど、より膵液が漏れにくい正確な圧着ができることが現場では経験的にわかっている。そうした経験則を機械に落とし込むには、まず数値化して現象を理解することが大切です。精密工学といえばものづくりのイメージがあるかもしれませんが、課題を解決するためには、分析も行ないますし、医学の知識も身につけます。工学の技術を駆使すること以上に、どういうアプローチを取れば最適な解決方法を導き出せるか考えることが大切なのです」

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図1)臨床の現場で使われる機器の操作性や精度を様々な角度から分析する。実際の手術の現場も重要な研究のフィールドだ。
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図2)外反母趾の手術結果を評価するために開発された計測システム。術中に横臥した状態でも起立時に足にかかる圧力を再現できる。

医療の現場で使えることを最大限に考慮する

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恩師から言われた“実際の医療の現場で使える技術を開発しないと意味がない”という言葉を肝に命じながら、小林教授は研究をつづけている。衛生面、安全性、操作性、現場で使う際に考えられるあらゆる要素を考慮しながら、新たな技術を開発する。

「今後、患者の身体的負担を減らす低侵襲手術がさらに進歩していくと考えられます。そうすると、より緻密な作業が必要となるため、精密工学の技術が今以上に求められることになるでしょう。研究の先には、患者の幸せがある。それを常に念頭に置きながら、技術の実用化に向けて努力をつづけていきたいと思います」

(初出:2021年度精密工学専攻パンフレット)

※関連サイト:
医用精密工学研究室

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