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アニマルウォッチセンサ
独自に開発した無線センサにより
動物たちの声なき声に耳を傾ける
微細加工技術、N/MEMS(Nano/Micro Electro Mechanical Systems)による超小型で高感度なセンサの開発に、伊藤寿浩教授は長年にわたり取り組んできた。その応用範囲は、橋梁などの社会インフラの健全性のモニタリング、高齢者の健康リスクの低減、ウェアラブルデバイスの開発など多岐にわたる。その中でも近年注力しているのが、畜産動物の健康をモニタリングするための無線センサネットワークシステムの開発だ。
「家畜は健康に異常をきたしてもそれを伝えることができません。そのため感染症の早期発見ができず、感染が拡大してしまいます。また、ウイルスなどの侵入経路が特定できないため対策が遅れてしまうという問題点もあります。しかし、体温や活動量など家畜の健康状態を個体ごとにモニタリングできれば、早めの対策を打つことが可能になります」
そこで伊藤教授が開発に取り組んでいるのが、家畜用の無線センサだ。最初に研究対象とした家畜は、鳥インフルエンザのリスクが想定されるニワトリだった。「鶏には羽根の付け根に翼帯というIDタグをつけて個体管理を行うことがあります。この翼帯に温度センサと加速度センサ、無線通信機能を備えた小型のデバイスを取り付け、体温と活動量をモニタリングするシステムの構築を目指しました」
しかし、開発は予想以上に困難だった。家畜に装着するデバイスには、人間用のウェアラブルデバイスとは異なる性能が求められたからだ。
「例えば採卵鶏の継続的なモニタリングを行うためには、500日以上連続稼働する必要があります。何百羽ものニワトリに付けたデバイスを定期的に充電するのは非現実的ですから。そのため、情報処理を単純化して消費電力を抑える技術、さらにデバイス自体に発電させる仕組みの開発に取り組みました」
その結果、効率的にニワトリの生体情報をモニタリングする手法の糸口を掴むことに成功。現在はさらに精度と効率を高める研究が続いている。
人工知能も駆使して精度を高める
伊藤教授は、このような無線センサ技術を他の動物の健康管理に応用すべく、ウシ用無線センサの開発を試みた。家畜のウシは人工授精により繁殖が行われるが、受精の確率を高めるにはメスのウシが排卵状態にあるかどうかを把握する必要がある。それには膣内の温度と膣液の電気抵抗値が手がかりとなる。そこで研究室では膣内に挿入する留置型の小型センサを開発した。
「家畜の体を侵襲せず、安定して計測できるデバイスを実現する必要がありました。そのため、炎症を起こしにくい生体適合性に優れた材料を用い、脱落しないように形状にも工夫を凝らしました」
この研究により、ある程度正確な膣内温度と電気抵抗値の計測が可能になったが、測定値にノイズが混ざり、的確な判断が難しいという問題が浮かび上がった。その対策として現在、個体ごとの温度変化の傾向を人工知能に学習させることで測定結果をクリアにし、排卵予測の精度を高める試みが行なわれている。
過酷な環境に耐えるセンサの開発が目標
畜産業においては、ウシを健全に発育させるために飼養管理も重要となってくる。ウシの胃の状態や体温などの健康状態を的確にモニタリングできれば、生産効率は大きく向上する。
「ウシの体温を計測するために尾の付け根にセンサを取り付けました。しかし、硬い素材を体に密着させるとどうしても炎症を起こしてしまう。最近開発を行っている、体の動きなどに応じてストレッチするジャバラ状の配線は、例えばこのような体温センサに応用できると考えています。また、胃の中に経口投入して留置させ、pH値を測定するデバイスの開発も進めています。pH値は常時計測する必要がないため、計測頻度を減らして消費電力を抑えたり、pHが異常低下した時だけ発電して信号を発信するといったデバイスの開発も試みています」
センサの性能といえば、感度の高さを連想しがちだが、伊藤教授が追求しているのは、過酷な環境で長時間稼動できる耐久性と低消費電力化だ。動物の体内という特殊な環境で対象の様々な変化を感知するため、検出、無線送信、そして信号処理まで一貫して手法の最適化を検討し、これまでにない新たなセンサを創り出す。
「これからの社会では、公衆衛生の面においても、生産効率の面においても、人間と家畜がより良い形で共生していくことが求められます。それには、人間が新たな技術を駆使することで、動物の声なき声に耳を傾けなくてはなりません。低コスト化など他にも課題は多いですが、それらをクリアして、新しいセンサを早期に実用化させたいと考えています」
人間を取り巻く様々な環境をセンサによりモニタリングしようとする伊藤教授の試み。その根底には、テクノロジーを安心・安全な暮らしのために生かしたいという信念があるのだ。