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ニューロエンジニアリング
「精密の技」を駆使し、
脳の動作原理を解き明かす
人間の脳は、さまざまな分野から注目が高まっている、いま最もホットな研究対象である。ニューロエンジニアリングとは、工学技術を利用して脳神経系の現象解明を目指す研究領域。この分野に早くから取り組み、マウスやラットから摘出した細胞やiPS細胞を使った実験も行う神保研究室は、工学系のなかでもとくに生体とかかわりの深い研究を進めている研究室だ。
脳の動作が解明されれば、エレクトロニクスや医療などの分野で、さまざまな応用が可能になる。例えば、脳を使って電子機器を直接制御したり、脳の情報処理手法に基づく新アーキテクチャのコンピュータを実現したり、治療が困難な病気を治したりすることなどだ。実用化されれば、未来への扉が1つ開くことになる。
半導体技術で作った微細な構造物を使う
神保教授は、「精密の技」を駆使することで脳の動作原理の解明に挑んでいる。具体的には、2つの技術を使う。1つは、半導体の製造プロセスで用いられるフォトリソグラフィやソフトリソグラフィを使って微細な3次元構造を作成する技術。もう1つは、脳神経系を伝播する電気信号を多チャネル同時に測定する技術だ。
この2つの技術をどう利用するのか。3次元構造物には、細胞を載せる区画を複数作り込んでおり、それらの間はトンネルで結ばれている。区画に載せた細胞は成長し、やがてトンネルを介してつながる。そして、細胞間で情報のやりとりが始まる。この情報を電気信号として多チャネルの測定技術で検出することで、脳や生体の動作解明に生かす。
これらの技術を使って現在取り組んでいるのが、心臓での心房細動が発生する原因を究明する実験だ。心房細動とは一種の不整脈である。その発症にはストレスが関与しているとされている。言い換えれば、自律神経による心身の制御に何らかの支障を来したことで発症するわけだ。
この自律神経による制御を、3次元構造物上で再現する。マウスの心臓から取得した心筋細胞と交感神経細胞を別々の区画に置き、両者を結合させる。その後、ストレスに相当する電気刺激を交感神経細胞に与え、心筋細胞の振る舞いを観察する。実験では、刺激を与えた直後に拍動回数が約2倍に増えたことを確認した。
ただし、すべての実験を終えたわけではない。「次は、緊張状態やのんびり状態を模擬し、心筋細胞がどのように振る舞うかを確認したい。こうした実験を重ねることで、心房細動の治療法を確立できるはずだ」(神保教授)。
研究テーマは自分で決める
工学系の研究室で取り組む脳の研究。学生の多くは、過去に生物や医療を本格的に学んだ経験がないだろう。しかし心配は無用だ。神保教授は、「必要なことはそのたびに学べばいい。本当に研究してみたいことを探し、それに挑戦することが最も大事だ」と言う。
研究テーマは、学生自身に考えさせて選ばせるのが、神保研究室の方針。「そうすることで本質的な問題点を考えるようになる」(神保教授)からだ。研究開発に要する期間は長く、現象を把握するまでに5年、応用できるようになるまでに10年はかかると言う。学生にとっては、いま注目の分野でオリジナリティのある研究にとことん取り組める、絶好の機会と言えるだろう。
(初出:2015年度精密工学専攻パンフレット)