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バイオMEMS

薬の伝達ツールを変える、生体溶解性マイクロニードル技術

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金 範埈 教授

人間の体内に薬を伝達させる方法は複数ある。代表的なのは注射剤、外用剤、内用剤だろう。それぞれの薬の形には、使いやすさや吸収率、効果の持続時間などにおいて一長一短がある。こうした従来のDDSの課題を解決する、新しい技術として注目されているのが「マイクロニードル」だ。直径が50μm未満と極めて細い針をアレイ状に並べてパッチとし、これを皮膚に貼って刺すことで体内に薬を伝達させる。蚊に刺されても痛くないのと同じように、ほとんど痛みは感じない。

マイクロニードルの概念は1970年代から存在していたが、製造コストが高く、実用化にはほど遠い時代が続いた。この状況を変えたのが、MEMSなどの微細加工技術の進展だ。近年ではさまざまなマイクロニードルが開発され、なかでも注目を集めているのが生体溶解性マイクロニードルパッチである。薬自体で作製した針で、皮膚に刺すと人体の水分で溶けて吸収される。このため扱いやすく、医療廃棄物はほとんど出ない。

シンプルな製造プロセス

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図1 生体溶解性マイクロニードルの作製方法
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図2 DAB法で作製した生体溶解性マイクロニードル

金教授の研究室では、「DAB(Droplet-born Air Blowing)」と呼ぶ製造方式を用いて、さらに新規生体溶解性マイクロニードルの作製と開発を進めている。

DAB方式ではまず、インクジェット技術を使って、薬を混ぜた溶解性物質の液滴(Droplet)を基板上に等間隔に付着させる。その後、もう1枚の基板を重ねてから、2枚の基板をゆっくり引き離すと、溶解性物質の粘度が高いためDropletは引き延ばされる。このとき冷風を当てておけば、適当な場所で切れてマイクロニードルが完成する。いわば「キスチョコ」のような形状だ。金型を使わないこの製造方法は、「食品工学など異分野の研究者が集まった開発チームだから生まれた、柔軟なアイデア」だという。

DAB方式のメリットは多い。製造プロセスはシンプルだがバラつきは小さく、経皮吸収剤としての使用には十分な精度が得られる。しかも加熱が不要なため、熱に弱い薬にも適用できる。金教授らの研究開発の成果によって、低コストで大量生産できる製造プロセスが確立し、化粧品での商用化にも成功している。ヒアルロン酸などをポリマーに混ぜた生体溶解性マイクロニードルパッチである。

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「まだ新しい技術なので人材や時間への投資が必要。制度面での国のサポートも必要です。そのためには技術の発展だけでなく、市場の成長が欠かせません。まずは比較的取り組みやすい美容分野で、コンセプトを広めていきたいと考えています

医薬品への応用を推進

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美容分野での実用化に続いて、目指すのは医薬品分野での普及だ。現在、取り組んでいるのは、口内炎の治療に向けたパッチの開発だ。口内炎にマイクロニードルを刺して機械的に刺激することで、治療期間を短縮させる可能性があるという。

医薬品では、美容分野向けに比べて針を長くする必要があるため、製造プロセスや生産設備、基板などの見直しを迫られる。もちろん、医薬品として登録するための品質や信頼性、有効性などの評価項目をクリアし、監督官庁の認可を取得しなければならない。

こうした医工連携による開発の実績を積みながら、いずれはインフルエンザやポリオなどのワクチンへの適用を目指す。コールドチェーンを必要としない「貼るワクチン製剤」が実現すれば、注射剤を届けにくい世界中の子どもたちにもワクチンを届けることができるだろう。命を支える医療を後押しする、夢の技術である。

(初出:2018年度精密工学専攻パンフレット)

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